A LIFE LESS ORDINARY
P158〜P162 Classic & Sports car July 2008
『あまり普通ではない人生』
スタイリッシュなシトロエンSMの夜間撮影をして
このクルマに一気に夢中になるというのは起こりうる話だが、
それだからといって、
人はあの複雑さを受け入れることができるものだろうか?
今回本誌では、とある1台のSMを毎日欠かさず6週間走らせてみた。
グレーム・ハーストが報告する。
(写真:トニー・ベーカー+C&SCチーム)
あるクルマに感服するあまり、友の前でその車名を話題にすることすら決まりが悪くなるという経験をしたことがあるだろうか? ほら、誰だって「一度は運転してみたい風変わりなクルマ」のリストを心に秘めているはずだ。たとえばオースチン・プリンセス、あるいはAMCペイサーなどは、胸中を吐露するのにビール2、3杯では足りないようなクルマだろう。その一方で、自覚することもないまま、いつの間にかとり憑かれたように欲しくて仕方がなくなるタイプのクルマもある。シトロエンSMを例に挙げてみよう。まったくもって常軌を逸したマセラティ製エンジン搭載のグランツーリスモであり、フランス自動車史において奇抜さの頂点を極めた存在だ。それはアヴァンギャルドデザインの傑作なのか、それともテクノロジーの地雷原なのか? スタイリッシュなシトロエンSMは、長年に渡りさまざまなレッテルを貼られてきた。つまり、SMのイメージは、なんとしても雌雄を決すべきという先入観の犠牲となってきたのだ。それでも、誰ひとりとしてこのクルマを退屈と評した者はいない。
これはもう、まったく驚くに値しない。ハイドロニューマチック式のサスペンションおよび変動パワステを誇るスペックだけでも(つまり、車両前方に鎮座する、気まぐれな純血イタリアンエンジンに触れるまでもなく)、物腰柔らかなこのGTは、大勢のオーナー志願者たちを身震いさせてきたのだ。彼らは、あの複雑ではすぐに財布が空っぽになり、リビエラでのランデブーを夢見る暇さえ与えてもらえなさそうだと想像していたに違いない。事実、われら『C&SC』誌は昨年の25周年記念として、技術的「神業(ツール・ド・フォルス)」リスト、つまりオーナーになるには恐ろしすぎるクルマ番付を発表するにあたり、このSMをNSU Ro80に次ぐ2位と決定したのだ。
そのお陰で、今年の初めには英国SMエンスージァストクラブ『セマンティクス』が、わが『クラシック&スポーツカー』誌に対して、「SMを6週間毎日走らせて、いわれなき誤解を解くように」と挑戦状を送りつけてきたのだ。こうしてわれわれの馬となったのは、シトロエンスペシャリストのアンドリュー・ブロディー氏により貸し出されたマシンで、71年式オリジナルの素晴らしき見本ともいえる1台だった。きらびやかなブルー・ドリエント[オリエンタルブルー]を身に纏ったこのSMは、新車の時からモンテカルロの御婦人オーナーの手に渡って甘やかされつづけ、その後、今から4年前に英国人コレクターによって買い取られたのだ。私たちの下にやって来た時の走行距離表示は112,000キロ。それから、次の新しいオーナーへと送り出されるまでの間に、私たちはこの距離メーターを数千キロ進めたことになる。『C&SC』誌編集部は、読者の皆様につねに喜んでいただくためにどんどんスケジュールを組む必要があるので、ドライブ地探しに困るということはなかった。そういう訳で、十分にテストした結果から、典型的な70年代スタイルに憧れを抱き続けてきたという人なら、SMとして分類されたものに関しては何も恐れるべきではないということを証明できたのである。
SMとは「セリエ・マセラティ」に由来する呼び名で、このクルマのユニークな開発物語をよく表している。60年代初頭のこと、以前はエキゾチックな魅力に溢れていたフランス自動車業界も、有名メーカーが次々とこの世を去ったために瀕死の状態に陥っていた。ヴォアザンもドラージュもタルボ・ラーゴも亡くて久しく、さらにファセルヴェガまでが姿を消そうとしていた。だが、シトロエンという、革新性と切っても切れない関係にあるメーカーは、ハイパフォーマンスなラグジュアリークーペ市場なら他社に差をつけられると判断した。つまり、フランス生まれのグランツーリスモなら、英車や伊車を抜いてトップに躍り出ることができると考えたのだ。ただし、この大勝負に挑むモデルは、現行車を改造したようなものであってはならない。70年代向けにちょっと手直しして角張らせたような、そんなスタイリングに甘んじるわけにはいかなかった。かつて1955年に、あの名高きDSが人々をあっと驚かせた時と同じくらいに、センセーショナルでなければならないのだ。そこでシトロエンは、航空力学を心得た設計者ロベール・オプロンにペンを持たせ、未来につながる道を描かせることにした。
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